『ひらいて』

 

綿矢りささんの『ひらいて』。我らのさくちゃんが実写映画に出演すると聞き、原作を読んでみたいと思って早速購入した。そして冒頭で示されたさくちゃん演じる西村たとえの描写を見て、監督がさくちゃんに一目惚れして選んだ意味がわかった。主人公の愛にとってたとえは謎めいていて、どこか影のある、繊細で、そしてとても美しい男の子。そんな男の子を実写化するにあたって、こんなに説得力のある存在はさくちゃん以外いないんじゃないかと思ったぐらいだ。

 

実写化の話はさておき、この作品を読んで「とんでもない一冊に出会ってしまった…!」と感じた私の思いを書き殴っていきたいと思う。

(ネタバレありきの感想なので、未読でどんな作品なのかな?と思っている方が読むのはオススメしません。)

 

 

まずこの作品の序盤の方で、愛がたとえへの思いを止められずに手紙を盗んだりとか美雪に近づいていく様子を見ていて、「恋は罪悪ですよ」という『こころ』の先生の言葉が頭の中に浮かんだ。「罪悪」という言葉を調べると、「道徳や宗教の教えにそむく悪い行い」と出てくるが、本当に愛の行動はその通りだったと思う。恋の利己的な感情の部分が爆発し、道徳なんてくそくらえ、神様なんていないでしょうとその恋心を加速させて暴走していく姿からは何度も目を背けたくなった。

私自身、愛にかなり嫌悪感を覚えたし、なんでそんなことが出来るんだろうと思う場面もたくさんあった。でも、そんな愛に徐々に共感であったりとか、愛おしさみたいな感情が生まれていった。なぜなら、物語内でも触れられていたように人間が抱く「愛」という感情は決して無償とはいえないものであるし、決して綺麗なだけのものではないことを知っているから。愛したいし、愛されたいのが人間という生き物だと思うから。だから、その愚かともいえるような暴走が、「愛」という感情を求めている姿が、愛し愛されたいという魂の叫びのようなものが、他人事ではなく自分の姿と重なる瞬間があって切なくなるのだ。そして、その救いを求める心が、神様なんて信じてないはずなのに聖書を開いては読むという愛の行為に滲み出ているように感じて苦しくなった。

 

また、愛は自分のプライドだとかそういうものゆえに後戻りが出来ないところも私は逆に好きになっていった。最初はいい大学に行って…なんて人生設計をしっかり立てていた愛の、どこか冷めた考え方や、あまりにもうまくいっている様子やちゃっかりしているところには腹が立っていた。

でも愛は自分の中で完璧だった設計図を自分で破る、なぜなら破ってでも欲しいものに出会ったからだ。私はその時の愛の剥き出しになった姿…彼女を構成する根っこの要素として、愚かだとは思いつつもどうしようもなく真っ直ぐなところ、表面上はうまく繕っている癖に実際はどうしようもなく不器用なところがあるのを見て、思わず抱きしめてあげたくなってしまった。本当は、ある意味、とても純粋な子なんだなと。

 

愛がある意味とても純粋だと考えるからこそ、終盤のたとえの父を殴る場面で、私はこの作品は愛が自己を獲得していく物語だったように思えた。たとえへの恋心、それは自分の中にある感情のはずなのに自分で制御出来なくなっていった上にそれまでの自分がどこかへ行ってしまったような愛が、以前の自分を奮い立たせて殴る。自分がどういう人間なのか、周りから見たら異常としか思えないようなこの恋を通して得る。自分だったらこんなにひりひりする思いなんてしたくないなぁと思う反面、でもこんなにひりひりするからこそ生を感じるのかとも思う。

 

あと、美雪への思いも本当だったんだろうなと思う。嫌いだし、好きなんだろうなって。愛の思いはすべて嘘であり、本当なんだなって。むちゃくちゃだし、破綻してる理論なんだけれど、愛はその時その瞬間の感情はとても鋭くて真剣だから、矛盾してるとしてもこういう表現しか出来ない。

自分を傷つけて他人を傷つけて全部ぐちゃぐちゃにしてるんだから最低だし、歪んでいる。でも、そこに巻き込まれたようにみえる美雪もたとえも、愛の衝動によって、自己を、互いの関係を、見つめ直してる。そして、愛という人間を理解することが出来ている。そう考えると、結局はあの三人は似た者同士なのかもしれない。

 

人間という生き物は醜くて、だからこそ美しくて、それを体現してる作品。

 

祈りが込められた鶴をひらいていく。ひらいた先になにがあるのかわからない、あの中に込められた切実な願い、魂の叫び、閉じ込めようとしていたものをひらいたその先には救済があってほしい。綿矢りささんは別の結末も考えていたというが、こちらの結末になってくれてよかったと心から思うのだ。なぜなら、愛がひらくことを選択したことによって、思春期の時のどうしようもなく苦しかったあの頃のわたしも救われるような気がするから。

 

 

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